魅惑の深海パーティの片隅に

In the corner of enchantment under the sea

「ジョーズ」

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(あらすじ)海水浴客でにぎわう夏の海に、突如として巨大な人食いザメが出現。若い女性が無残に食い殺される。警察署長のブロディは海水浴場の閉鎖を訴えるが、町の財政は夏の観光で成り立っているため、意見を聞き入れてもらうことができない。すると第2、第3の犠牲者が発生し、町はたちまちパニックに陥る。ブロディは若き海洋学者のフーパーと荒くれ者の地元の漁師クイントとともに、独断でサメ退治に乗り出す。





・ブロック・バスター


 当時大ベストセラーだったピーター・ベンチリー作「ジョーズ」を映画化するにあたり、ユニバーサルは歴史上初めてのブロック・バスター展開を行った。表紙を映画ビジュアルと連動させた原作本が売られ、街中にポスターが貼られ、TVでは大量にコマーシャルが流される。人々は無意識のうちにジョーズが観たくなるように洗脳された。当然宣伝費は巨額なものとなったが、予定の3倍にまで膨れ上がった制作費を回収するためには仕方がなかった。 






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・悪夢


 監督に抜擢されたのはTV映画「激突!」や「シュガーランド・エクスプレス(原題)」で注目されたスティーブン・スピルバーグ。自信と才能に満ちた当時27歳の彼は揚々とクランクインを迎えるが、「ジョーズ」の撮影は過酷を極めた。長編2作目(激突!はTV映画なので除外)と経験も浅く周囲と比べて圧倒的に若いスピルバーグは他のスタッフから青二才と見なされ、キャストからはめっちゃナメられた。言うこと聞かないクルー、照りつける太陽、船酔いでゲロ吐きまくるスタッフ、製作は脚本未完成のまま続き、その日撮影される分が日々書き足されていった。予算と撮影日数は大幅に超過し、スタジオ側は制作を中止させようと圧力をかけた。キャストやスタッフの間には険悪なムードが広がっていく。現場は地獄だった。

 スピルバーグは撮影終了時、マッカーサーの名言をもじって“I shall not return!”(二度と戻らねぇぞ!)と宣言したが、実際「ジョーズ2」の監督はヤノット・シュワルツに交代している。





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・演出


 スタッフを何より悩ませたのはサメのロボット(通称ブルース)だった。精巧に作られたアニマトロニクスは海水に弱く、すぐに壊れてしまう。サメ映画にサメが使えないという緊急事態に、スピルバーグは「サメ視点での撮影」「海面から背びれだけ出す」という2つのアイデアで対処し、サメを見せずにサメを表現することに成功した。サメが捕食対象である人間との距離を縮めていく緊張感が強化され、サメの姿が見えないことで恐怖が増幅された。当初は全編バンバン使う予定だったサメロボットは出番を減らした(開始60分あたりまで一切登場しない)が、スピルバーグは自らの演出力を世界に見せつけることに成功した。




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・ディズニー


 ちなみに撮影時に使用されたサメロボットの「ブルース」という名前は、後にピクサー映画「ファインディング・ニモ」でホホジロザメの名前として登場する。またディズニー映画「シュガーラッシュ オンライン」のとあるシーンで“Sportsmens Paradise 007o981”と書かれたナンバープレートが一瞬映るが、これは「ジョーズ」劇中に登場するものと全く同じ。ファンサービスが行き届きすぎている。




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・残酷王スピルバーグ


 監督初期作ということもあり、「ジョーズ」はスピルバーグらしさ全開の一本になっている。ジョン・ウィリアムズによる劇伴やモンスター映画であるのは勿論、「冴えない男が脅威から逃げまくる(時に立ち向かう)ことで成長する」というプロットは後のスピルバーグ作品に何度も登場する。だがやはりスピルバーグ最大の「らしさ」と言えば度を超えた悪趣味描写だろう。

 「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」では生贄にされた青年が生きたまま心臓をもぎ取られ、「ジュラシック・パーク」ではトイレに逃げ込んだ弁護士がティラノサウルスに頭から喰われ、「プライベート・ライアン」では連合国の兵士が内臓むき出しのまま息絶え、「宇宙戦争」では大量の死体が川をプカプカ流れ、凶悪宇宙人の放つ光線で人体が一瞬で灰と化す...といちいち書いてたらキリが無い。「レイダース 失われたアーク」終盤におけるナチス幹部の顔面がドロドロに溶解していく場面は小2の僕に大きなトラウマを残した。「ジョーズ」では、喰い千切られた手足の断面をしっかり映す他、子ども好きで有名なスピルバーグにしては珍しく少年がサメに喰われて血飛沫を上げる等の残酷描写がある。有名な「沈没船から視神経むき出しの生首が突然現れる」という本作最恐のシーンは、スピルバーグが自腹で追加撮影を行なって本編に加えたものであり「絶対に観客(特に子ども)をビビらせたい!」という彼のSっ気が伺える。

 スピルバーグの妹は「兄は私のオモチャを取り上げ、バラバラにして遊んでいました。」と証言している。「トイ・ストーリー」に登場する創造力豊かなサイコパス、シド少年とそっくりだ。彼は「3」でゴミ収集の仕事に就いていたが、映画監督としての素質もあったのかもしれない。





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・成功


 ジョーズ1975年に公開され、当時の世界興行収入記録を塗り替える大ヒットを記録した(2年後にスターウォーズ エピソードⅣに塗り替えられる)。海嫌いの子どもが急増し、本来jaw(顎)の複数形でしかないjawsが「サメ」と同義語として使われるようになった。同様の例は「エイリアン」(元は外国人の意)くらいだろう。

 スティーブン・スピルバーグは「ジョーズ」で一躍人気映画監督の仲間入りを果たすが、童顔だった彼は「巨匠」と呼ばれるには風貌に威厳が足りなかった。ある日、師匠であるフランシス・フォード・コッポラに「お前ら顔が幼くてナヨナヨしてるからスタッフにナメられるんだぞ」と忠告されたスピルバーグと盟友ジョージ・ルーカスは、急いでヒゲを伸ばし始めた。



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